潔い……いや、ノリがいい。『楽生苑』にはたらく人たちを見ていると、そんな言葉が浮かぶ。

大事なのは、知識や経験だけではないことを皆が知っている。できないことや苦手であることを正直に伝え合うことができるから、チャレンジへの決断が早い。「これをやってみよう!」「次はこうしてみよう!」という、新たなアイデアが次々と生まれる。

生口島(いくちじま)で、人生を楽しむコツをたくさん見つけました。

「おはよう!今日は天気がええなあ!」

瀬戸内海に浮かぶ島・生口島の人たちのあいさつは、当たり前のあいさつではない。それはきっと、この島の空と海が全力を出しているからだ。この日の空の青さは見事に澄み渡っていた。そして、このあいさつは地元民だけでなく、外からやってきたわたしたちにも向けられる。

「今日は絶好の島めぐり日和やな。いってらっしゃい!」

目次

    生口島のこと・ば・ひと

    「いらっしゃい。すぐ食べられるよ」と声をかけてくれたのは「岡哲商店」の名物女将。食べ歩きスポットとしても知られる「しおまち商店街」にある、お肉屋さんのコロッケです。揚げたてのタイミングにあたったら、ラッキー!

    生口島は「アートの島」でもあるんです。島のあちこちに17もの野外彫刻が。こちらは「瀬戸田サンセットビーチ」に展示されている作品です。

    「この夕日と海とゆらゆら揺れる作品を見ていると、瀬戸田の海はセクシーだなと思うんですよね」とは、この旅を案内してくれた『楽生苑』スタッフさんの声。うーん、素敵。

    1936年から約30年の歳月をかけて建立した「耕三寺(こうさんじ)」。日本各地の古建築を模して建てられた堂塔が立ち並びます。この寺院の修復をおひとりで担っているのが、日本画家でもある加地大作さん。「兵庫県の出身です。修復に日本画の顔料を使うこともあって、縁あってこの島へ来ました」。穏やかにお話されてますけど、なかなか完成しないって、ガウディですか……?

    仲よし夫婦の営む「Kitchen RITA」は、今年で10周年。目の前に広がる瀬戸内海を眺めながら、本格的な広島風お好み焼きが味わえます。

    「ここの海は遠浅で、潮が引くと向こうの小さな島まで歩けるんよ。堤防に寝っ転がって日向ぼっこも気持ちいいよ」と、マスター。おすすめのままに、やってみました。波の音と海風が……。

    『楽生苑』の河原大樹さんは、生口島の出身。前出の「しおまち商店街」にある自転車屋さんが実家です。しまなみ海道を走るサイクリストたちの強い味方……!河原さんは自衛官や飲食業を経験し、島に戻り地元のために役に立ちたいと福祉の仕事に就いたのだとか。

    「この仕事は人間を成長させてくれる仕事。サービス業の最高峰だと思っています」と河原さん。伊豆里トンネルを抜け、島を見渡せる景色がお気に入り。

    生口島の衣・食・住・遊

    生口島にある『楽生苑』とまちで出会った「衣」「食」「住」、そして「遊」。いまも昔もひっくるめた地域の物語、はじまりはじまり!

    制服は自分たちでチョイス!

    『楽生苑』には、20代のスタッフで構成される「ヤングワーカー会議」なるものがあります。働きやすくするために若い人の意見を、そのまま理事長にダイレクトに伝え、できるものはすぐに取り入れているそうです。

    制服の改変もそのひとつ。“the介護士”の制服をなくし、ポロシャツやデニムなどのカジュアルな制服を20代のスタッフがセレクトしました。ヤングワーカー会議の中には、外国人実習生の姿も。20代であれば誰でも参加ができ、意見を伝え合うことができます。

    施設(特別養護老人ホーム楽生苑)を見学していると、エプロンをたたむ利用者さんを見かけました。昼食に皆が使うエプロンだそう。「できることは自分でしたい」という思いに応え、ホテルのような非日常ではなく、家族とともに過ごしているような「日常の延長線」。『楽生苑』の日々の積み重ねがここに。

    日本一のレモンをご賞味あれ!

    レモンの生産量が日本一の生口島。「レモン谷」と呼ばれるレモン畑が広がるエリアではシーズン(冬〜春)になると、一面が真っ黄色になるのだとか。低農薬で丁寧に育てられた瀬戸田レモンは、皮まで安心して食べられます。

    そんな瀬戸田レモンを使ったさまざまな料理を出している店があると聞き、訪れたのは「レモンカフェ汐待亭」。「しおまち商店街」にある築150年の古民家です。

    「2019年くらいから、レモンに特化した料理を出し始めました。瀬戸田レモンは糖度が高く、コクがあるんです。自家製レモネードをはじめ、瀬戸田レモンを揚げたレモンフライカレーやレモンパンケーキなどを、お客さんには楽しんでもらっています。いまも商品開発をしていますよ」とは、店主の竹田好貴さん。

    月に一度、レモン農家を招いてさまざまな品種のレモンで試作品を作っているんですって。

    「商店街の人たちは、人情がありますね。よその人への対応に慣れているというか。郷土愛も強く、よそから来た僕も刺激をもらっています」

    言い伝えがゴロゴロと……!?

    ――その昔……島には大きな鬼が出て、悪さをしたそうな。たまりかねた住民たちが、旅のお坊さんに相談したところ「家の前に大きなわらじを吊るしておくといい」と言われたんじゃと。そこで、住民たちは言うとおりにしたんだそうだ。やってきた鬼は「あれえ、この家には俺よりも足のでかいやつが住んでるんやな!食べられてはたまらん!」と逃げていったとさ――。

    生口島には、こんな伝説がたくさんあるんです。『楽生苑』の入居者さんたちに聞いたものを集めています。ヒアリングを続けているスタッフの河原さんは言います。

    「この島で支援をするときに、この島の歴史を知らないのはどうなの?と思ったんですよね」

    ほかにもこんなユニークなものも。

    ――昔々、島を荒らす大きなカニの化け物を旅のお坊さんが退治した。その伝説を残すために「つめり地蔵(つねり、がなまったものとされている)」を置かれている――。

    いまから60〜70年ほど前、この島ではこのお地蔵様を囲んでお祭りがあったそうな。当時は若い男女の交流はほぼなく、島の若者は年に一度のそのお祭りを楽しみにしていた。そして、祭りの踊りが始まると、女性は気になっている男性のお尻をつねる。つねられた男性は、お尻をつねり返す。そうしてカップルが誕生したんだと……。

    これは、入居者の方のふとしたおしゃべりのなかで出てきたお話。身近なところに貴重な文化人類学の証人がいるんです。

    島の遊びは自分でつくる……!?

    島の遊びは海だけじゃない!キャンプや登山を楽しむ『楽生苑』河原さんが、仲間と始めたのは、キャンプ場づくり!車の整備士として働く金子智史さんの親戚の土地を開拓し始めたのは、2020年の10月から。荒れ放題の土地を、草を刈って抜根して整地して……。山の上には探検路まであります。

    「次はブランコをつくります!」とキャンプ場の未来を語る金子さん。仕事も遊びも、パワフルです!

    「趣味でゴルフをしてまして……」と話してくれたのは、『楽生苑』スタッフの貝原貴之さん(後のインタビューに登場)。取材中に口をすべらせて、自宅に練習場を造ったなんて言うものだから、さあ大変。取材陣みんなで見学させてもらうことになりました。ご実家が造船業に関わっているそうで、貝原さんも自分で足場を組めるのだとか!うーん、生口島の遊び、DIY精神がハンパないっ!……ナイスショット!

    新生福祉会「楽生苑」

    「自分のこれからの人生に向き合える」

    たわいもないおしゃべりに、人生の営みを感じて圧倒される。

    人と人が出会い、ともに居ること。「さみしかったらそばにいるよ」。「そう?じゃあ頼むわ」を言い会える関係。

    「楽しく生きる」は、こういう人との出会いがあってはじめて言えることなんだ。

    COLUMN1 現場スタッフ・土居洋介さん・貝原貴之さんインタビュー

    若手職員の土居さん(写真左)、貝原さん。生口島の出身のお2人に、『楽生苑』で働くことを聞きました。採用担当もしているそうで、自分の言葉をもって自分の考えを伝える能力が高いお2人。そんな頼もしい土居さん、貝原さんにインタビューしました。

    土居さん 28歳です。岡山県でハウスメーカーに勤務した後、『(特別養護老人ホーム)楽生苑』に来て6年目。いまは介護副主任をさせてもらっています。

    貝原さん 僕は特養の『クレアール楽生苑』で働いています。27歳です。介護の学校を出て、病院で看護助手の仕事をしていたんですが、早くも成長幅の限界を感じてしまって。知り合いから紹介されて転職しました。スキルアップのための研修もバンバン行かせてもらえるので、外の世界を知ることができます。ここで働いて4年目ですが、自分も副主任をさせてもらってます。

    土居さん 理事長が若いので、僕ら若手にも積極的に役職をつけてくれますね。僕は介護の勉強をしてきたわけではないので、未経験からのスタート。でも、研修制度も充実しているので、そんなに不安はなかったです。

    貝原さん あと、厳しい上下関係もないよな。施設長がほんまに気兼ねのない人で。正月の門松づくりをするのに、山に竹を取りに行くのを「一緒に行きませんか?」って誘ったら「いいよ」って即答で、2人で行きましたもん。

    土居さん 2人でドライブも行ってるよな。

    貝原さん そうそう。施設長のこと、好きですもん。

    土居さん 自分は夜勤中、眠れなくってお部屋から出てくる利用者さんとお話するのが楽しいです。認知症の方で、旦那さんが亡くなったことを確認しにくるんですけど。ふと思い出してさみしくなっちゃうと思うので昼夜問わず、なるべく話し相手になるようにしています。というか、おばあちゃんとの会話が楽しいだけなんですけどね。

    COLUMN2 山中康平さんの声

    『楽生苑』にこの人あり。スタッフとの距離が近く、本当にあなたさま理事長ですか……?(失礼!)冗談を言っていつもニコニコしながら、真剣にチームのことを考えている。そんな山中理事長にインタビューしました!

    大阪の出身です。僕のワイフが隣の因島の出身で、戻ってきたいということだったので、転職に伴う引越しのような感じで『楽生苑』にやってきました。2001年のことです。法人が立ち上がって1年半くらい経ったころだったのかな?1からキャリアを積んで、2007年から施設長になって、事業所やスタッフを増やしました(現在は11事業所で約200人のスタッフが勤務)。施設長は6年くらいやったのかな?それで、いまの役職(理事長)になりました。まさかですよ。しばらくワイフには言えなかったですね……。

    でも「やるとなったら」です。いままで自分が働いていて感じた違和感を変えていこうって。誰が上で、とか関係ないんですよね。若い人がどんどん提案してくれるような職場にしたいなと思ってます。「思ったことあったら言ってね」ってよく言ってます。

    職員は10〜80代と幅広く、いろんな人がいます。積極的で上昇志向があればいいのかというと、そんなことはない。こつこつと仕事をすることは地域や社会にとって必要なこと。押し付けるのが一番イヤなんですよね。課題に対して、職員と一緒になって悩むんですけど、僕が正解なんてことはないんですよね。自分で考えて選択できる人がいいなと思いますね。

    島の人たちはみんな優しいです。自分の出身地だけど大阪ってしゃべりに勢いがあるじゃないですか。ここは話にオチを求められないからいいですよね。……どっちかっていうと、僕は海よりも山派です。山登り好きなんで。法人内でも部活を作ってみんなで登ってます。

    * * *

    「元気にしよった?」

    この島でのあいさつはやっぱりどこか違う。生活が続いていくことを知っていて、お互いがあなたを見ていますよ、という合図のようだ。安心してね、と。

    『楽生苑』でも、このお互いを思いやるあいさつがあちこちで聞かれた。

    編集・文 : 山本 梓
    写真 : 水本 光
    担当 : 三木柚香
    プロデュース・ディレクション : 中浜崇之(NPO法人Ubdobe)
    取材日 : 2021年4月9日〜4月10日

    ※取材対象者には一時的にマスクを外してもらい、撮影をしました。