地域の景観を保つためにも必要不可欠な草刈り。ここ綾部の暮らしは、一人で完結させようとするものではなく、力を合わせて成り立っている。永々と地域を耕してきた綾部のひとたち。争いを好まず、全てを受け入れる地域性があることから、この地へ移住するひとたちも少なくありません。新しくやってきたひとたちと、新しい挑戦をする「松寿苑」。暮らし×福祉のカタチ、綾部市・松寿苑で見つけました。

綾部市内に25もの事業所を展開する社会福祉法人松寿苑。創業70年を超える老舗の法人だ。27歳のスタッフが管理者を任されたり、市が独自に取り入れているコミュニティナースとのコラボレーション、地域のサロンを主催したりと、常に新しい取り組みが生まれている。

目次

    綾部のこと・ば・ひと

    伝統野菜を大切に

    京都の伝統野菜「万願寺とうがらし」。この地に農業をするためにやってきた山本哲也さんが丹精込めて育てている。焼いて食べてみると……甘いっ!

    農を営む元気な笑顔!

    山本哲也さん(右)と、3月にオーストラリアから帰ってきた綾部出身の堀川依扶(いぶ)さん。「地元のお師匠さまに、たけのこ加工を習っています」とは依扶さん。

    暮らしをつくっていく

    綾部では、手づくりの露天風呂を堪能できます。松寿苑のスタッフもお気に入りの農家民宿「ぽかぽか農園」で、ぜひ体験を!

    夢を語らい、ともに歌おう……

    ギターを抱えているのは、農家民宿「ぽかぽかのうえん」オーナーの櫛田寒平さん。自然とともに生きる道を選び、東京からここ綾部にやってきた。
    寒平さんおしゃべりしていると、人生相談をしていた……なんて人がめずらしくないのだとか。

    綾部の衣・食・住・遊

    グンゼ発祥の地!

    綾部で生まれ、まちの発展を支えたのが郡是製糸(現在のグンゼ)。創業者の波多野鶴吉は「善い人がよい糸をつくり、信用される人が信用される糸をつくる」と考えました。愛をもって従業員を迎え入れ、平等の社員教育を行いました。製糸工場はまるで学校のようでもあった、と。

    1886年(明治19年)の創業から今日にいたるまで、その温かい社風が引き継がれています。

    グンゼ創業の地として知られる綾部は、つまり「養蚕のまち」でありました。かつては「蚕都(さんと)」と呼ばれるほど盛んだった養蚕。綾部に並ぶ古民家も、お蚕(かいこ)さんを屋根裏で飼育していた名残が残る大きくて立派な建物ばかり。

    綾部にはこの古民家を改装し、自分たちで新しい暮らしを立ち上げているひとたちが少なくありません。蚕から現在へ、バトンが受け渡されている風景です。

    困ったらうどん屋へGO!

    ここ綾部に、本格的な讃岐うどんが楽しめる店がある……!? 松寿園のスタッフにオススメされてやってきたのは『竹松うどん店』。綾部出身のご主人・竹原友徳さん、うどん好きが高じて、全国にうどん打ちの旅に出た。そこから技を極め、人生のパートナーを見つけ、素敵な蔵付きの土地に店を建て、2010年にうどん屋さんを開店。

    うどんはさることながら、技ありの「こんにゃくの天ぷら」(写真右)に脱帽……!

    北海道から沖縄まで、うどんを打って巡っていたときに店づくりと経営のヒントを得たという竹原さん。

    「年に3、4回『たけマルシェ』ゆうて、小さな市を開いています。自分とこでつくった野菜とか加工したもんとか、布小物出したりするひともいます。綾部に来るひとは一芸をもっているひとも多いので、毎回盛り上がりますよ」

    地元のひとたちにも、よそから来たひとにも開かれている『竹松うどん店』。

    「綾部に興味あったら、まずは来てみてください」

    半農半福祉、すぐにできます!

    「綾部の歴史は、必ずしも豊かであったわけではない」と、地域の物知りの木下芳信さんは語ります。かつて綾部を治めていた谷一族が、貧しさを克服する一手として地域を分散したことから、現在のエリアができている、と。

    「哲学者がこの地域にやってきたり、合気道発祥の地となったりと、興味深い歴史的背景もあります。ただ、まずは綾部の暮らしを楽しんでもらいたい。そのために『田楽学校』いうのをやっています」

    『田楽学校』とは田舎を楽しむための学校で、移住者の受け入れを積極的に行っている場でもある。

    「co-daの裏に休耕田を借りてね、管理してるんよ。菊やハナショウブ、去年はそばも植えたな。畑作業がすぐにできる環境はあるから、綾部にやってきたら好きな時に畑したらええ」

    新しいライフスタイルの「半農半X※」が提唱される綾部市。農業と福祉の仕事をかけ合わせた「半農半福祉」も日常の中で実現できるのです。

    ※半農半X(はんのうはんえっくす)……。綾部市在住の塩見直紀氏により、1990年代半ばから提唱されたライフスタイルで、自分や家族が食べる分の食料は小さな自給農でまかない、残りの時間「X」は、自分のやりたいことに費やすという生き方のこと。

    綾部市民のための“ごりっごりの地域紙”を発行する「あやべ市民新聞社」の水田ウタコさん。2014年に綾部にやってきた。

    「綾部市とひとくくりに言っても12地区があって、それぞれに個性が違うんです。みんなキャラが濃くて面白いですよ」

    水田さんご自身と綾部とのご縁は、「ほんとうにたまたま……」!?

    「仕事と家が見つかった、ということが大きかったですね。綾部にやって来てすぐにInstagramで『竹松うどん店』さんを知って。そしたらたまたま小さなイベントを開催してたんです。『先週綾部に越してきました。よろしくお願いします!』って挨拶しに行ったら、すぐに仲よくしてもらって、地元の情報を教えてもらえるようになりましたね」

    新聞社の水田さんは、綾部にうつり住んだひと(移住して1年以上が条件)を取材して新聞に記事を載せているんですって。綾部は、大阪にも京都にも出やすく交通の便がいいので、2拠点暮らしにも向いているとのこと。あなたの「あやべ市民新聞デビュー」も夢じゃない!?

    ないならつくろう!

    介護予防・健康交流のコミュニティスペース&カフェ「co-da」。ここにはお年寄りだけでなく、移住者や近所の方が集うフリースペースとしても活用されています。

    さらにカフェでいただけるのは、お抱えの名シェフによるワンコインのおまかせランチ。取材時には鮭のムニエルやポテトサラダ、キャベツのトマト煮がボリュール満点のワンプレートに。しかもこれで500円!?

    近くに飲食店がないことで、地域のみなさんにワンランクアップしたお料理を提供したいと、この形態になったのだとか。

    ほかにも近所のひとたちのサロン活動や、地域活動をするひとたちが作戦会議をする場になっていたり。もちろん、用事がなくてもふらりと来れる場所になっています。

    ないならつくって、ここから生み出す! co-daのこれからも楽しみです。

    新たな取り組みとして始まったYouTubeチャンネル「にしやたキラキラ」では、綾部の西八田という地域を中心に「お師匠さま」と呼ばれる地域の方々に暮らしのコツを聞いて実践したり、面白い取り組みをしている方を紹介したりしています。

    「なんでも楽しくやろう!」が松寿苑のモットー。介護従事者、専門家だけで考えるのではなく、老若男女、地域のいろんな知恵が集結する。co-daはそんな場所になっています。

    綾部市 松寿苑

    介護福祉から地域に手をのばす

    「介護福祉✕デザイン」「介護✕地域」なんていう言葉はよく聞くけれど。ここ松寿苑は、それぞれのコラボレーションがゆるやかにつながっているのだ。
    たとえば松寿苑の若手職員を中心にした自主活動「ミライエ」。施設のブランディングを若手が担っている。そこから、介護予防を目的にしたコミュニティサロン「co-da」のコンセプトやデザインをする流れが生まれる。地域のひとが集まると、移住してきたひとたちの拠り所にもなる。行政との連携も生まれる……。

    地域の点が余白をもちながら線になり、放射線状につながる。ここ松寿苑を中心にして。

    現場スタッフの声

    『松寿苑』に勤める大西なつみさんに聞きました。仕事のこと、地域のこと。

    隣の福知山市の出身で、結婚を機に綾部にやってきました。松寿苑には、2005年に入社してます。もう16年目になります。

    福祉職につくきっかけですか? もともとおばあちゃん子ってこともありますけど、こっちのお年寄りって話し上手な方が多いんですよ。誰とでも話ができるから、教えてもらうことがたくさんあって、おしゃべりする楽しみがあります。

    「綾部は災害が少ないから、いいとこや」ってみなさん言ってますね。人生の先輩方との、なにげない会話から知識、知恵がもらえて勉強になります。

    この仕事って、毎日同じじゃない。今日は昨日より一口多く食べられたとか、笑顔になってくれたとか、こちらのアプローチを工夫することで小さなことだけど変わることもあると思うんですよね。そのためには、相手をよく見ていないといけないけれど、わたしの小さな楽しみになっています。

    田舎暮らしの利点ですか? ……近所から野菜をいっぱいもらえることかな。子どもたちが小学生に上がって気がついたんですけど、地域のひとたちにすごく支えられるなって。子どもたちが通学する時間になったら、旗をもった見守り隊のおじちゃんが毎朝道に出てくれている。うちの旦那の両親もボランティアでやってますよ。地域みんなで子どもを育てる感じがありますね。

    子どもの遊ぶところもたくさんあります。すぐ山に登れるし、川でザリガニ釣りもできるし、田んぼでおたまじゃくし捕まえて帰ってきますよ。

    仕事も、経験のある職員に相談しやすい環境だと思います。一緒に考えて行動できるような体制にありますよ。

    スペシャルインタビュー コミュニティーナース鍋島野乃花さん

    地域とともに歩む、コミュニティーナースに聞きました

    松寿苑のある地域で活動する「コミュニティーナース」がいる。地域に密着した医療・看護に取り組む鍋島野乃花さんに、その仕事について聞きました。

    秋田県出身です。地元の病院で看護師をしていました。もともと地域に出る仕事がしたいなって思っていて、2017年に綾部市で地域おこし協力隊として「コミュニティナース」の取り組みが始まると聞いて、やってきました。

    コミュニティナースって、なんでしょうね? 自分のなかでもまだまとまっていないのですが……。病院や施設で患者さんとして出会うんじゃなくって、看護師が地域に出向いていって生活の中で出会う。普段の関わりの中から病気にならないように「居る」ということかな。

    地域の草刈りやお祭、行事なんかに参加して、地元の方たちとおしゃべりするんです。そうすると「このひと看護師やから、なんか困ったら相談したらええ」って、つないでくれる方がいて。そこから少しずつ「これって病院行ったほうがええやろか?」とか、病院には行ったけど症状をうまく説明できなかった、というような話を聞くことがあります。小さいことかもしれないけど、地域の方々との関係があって初めて成り立つ役目なので、時間がかかる。この人生使って気長に取り組んでいくつもりです。

    わたし、秋田の病院に勤めていたときは、血圧を測ることや点滴をすることが医療職の仕事、つまり看護師の仕事だと意味づけしていました。だけど、綾部に来てからは、服はこんな(私服)。血圧器も地元の方に「計らんの?」って言われてやっと出すくらい。自分の看護感がすごく変わりましたね。と同時に、「ケアってなんだろう?」とか「看護ってなんだろう?」ってすごく考えるようになりました。これまで立ち止まって考えたことなかったので。

    身体と心だけじゃない、そのひとの内なるものに飛び込むケアを大切にしたいと思っています。まだまだ言葉にできなていなくって、抽象的……。だからこそ、自分の感性も大事にしたいなと思っています。

    編集・文 : 山本 梓
    写真 : 水本 光
    プロデュース・ディレクション : 中浜崇之(NPO法人Ubdobe)
    取材日 : 2020年2月5日〜2月6日